東京高等裁判所 平成8年(行ケ)300号 判決 1998年9月17日
東京都大田区下丸子2丁目27番1号
原告
日本電熱計器株式会社
代表者代表取締役
近藤権士
訴訟代理人弁理士
中島昇
同
小林将高
埼玉県入間市大字狭山ヶ原16番地2
被告
タムラ化研株式会社
代表者代表取締役
石井銀弥
東京都練馬区東大泉1丁目19番43号
被告
株式会社タムラ製作所
代表者代表取締役
田村逸也
両名訴訟代理人弁理士
佐野忠
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成7年審判第24144号事件について平成8年9月30日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
2 被告ら
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「プリント基板のはんだ付け方法」とし、昭和56年10月3日に特許出願、昭和63年4月2日に設定登録された特許第1469416号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成7年11月9日に本件発明に係る特許の無効審判を請求し、特許庁は、同請求を平成7年審判第24144号事件として審理した上、平成8年9月30日に「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は同年10月28日に原告に送達された。
2 本件発明の特許請求の範囲の記載
はんだ槽に収容した溶融はんだに加圧手段を設けることによりノズルに設けた多数の透孔を有する乱流波形成板のこれらの各透孔から溶融はんだを半波状に噴出させてこの半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し、かつ上記乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する第1のはんだ付け工程と、層流状態の波を形成する層流波形成手段又は平面浸漬手段の溶融はんだによりプリント基板と電気部品の第1のはんだ付け工程によるはんだ付け部に再度はんだ付けを施す第2のはんだ付け工程を有することを特徴とするプリント基板のはんだ付け方法。(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別添審決書「理由」の写のとおりである。以下、審決と同様に、実公昭60-39160号公報を「引用例」と、実願昭56-80614号(実公昭60-39160号)の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された考案を「引用考案」とそれぞれいう。引用考案については、別紙図面2参照
4 審決の取消事由
審決の理由1は認める。同2のうち、<請求人の主張の概要>は争い、その余は認める。同3は認める。同4(1)については、引用例に審決の認定しだAないしCの記載があることは認めるが、引用例には、他に本件発明との対比に用いられるべき事項があり、それが除外されているから、これを引用例の記載事項とすることは争う。同4(2)は認める。同4(3)、同5は争う。
審決は、引用考案の技術内容を誤認し、相違点(イ)、(ロ)についての同一性の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)取消事由1(相違点(ロ)の判断の誤り)
ア 審決は、「溶融はんだの加圧手段による流動に基づいて波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」という構成(以下「(ロ)の構成」という。)が、引用例に開示されているとはいえないと認定判断した。しかし、上記認定判断は誤りである。
イ <1>引用例には、実用新案登録請求の範囲に、噴流口から噴出する「はんだ融液の噴流波を粗にする」こと(以下「技術事項a」という。)が明記され、考案の詳細な説明の欄に、技術事項aにより解決される従来のものの欠点、技術事項aによって奏される作用効果等が明記されている。そして、上記「はんだ融液の噴流波を粗にする」ということは、「粗い」という語の有する普通の意味からみて、はんだ融液の噴流波を、ざらざらしてなめらかでないようにさせることであり、ざらざらしてなめらかでない噴流波はいうまでもなく絶えず動いているのであるから、それは、波の波頭を不規則に上下左右に変動させることにほかならず、それを他の意味に解釈すべき技術上の根拠も存在しない。したがって、上記「はんだ融液の噴流波を粗にする」は、「はんだ融液の波の波頭を不規則に上下左右に変動させること」を意味しているものということができる。
<2> また、技術事項aにおける、噴流口から噴出して「粗に」されたはんだ融液の噴流波には、「噴流」の語意(吹き出す激しい流れ)からみて、有意の圧力が加えられていることが分かる。また、引用例の実施例にも、はんだ融液を加圧して強制的に還流させる羽根車、すなわち、加圧手段による流動によってつくられていることが開示されている(2欄18行ないし19行)。したがって、それは、加圧手段による流動に基づいて「粗に」されたものであると換言することができる。それ故、技術事項aにおけるはんだ融液の噴流波が「粗に」されていることは、(ロ)の構成における波頭が溶融はんだの加圧手段による流動に基づいて「不規則に上下左右に変動する」ようにされていることと、技術的には何ら相違するところがないということができる。
<3> (ロ)の構成における「乱流状態」は、加圧手段により溶融はんだを噴出させるはんだ付けにおいては一般に広く知られている現象であり(実公昭43-13704号公報(以下「甲第14号証刊行物」という。)左欄31行ないし32行参照)、本件明細書に「この波頭の乱流状態により…。この際波頭は上下左右に変動する」(5欄12行ないし16行)と説明されているところからも明らかなように、また、被告も東京地方裁判所平成4年(ワ)第13727号訴訟の準備書面(第一回)(甲第15号証)の4頁6行ないし11行において自認しているとおり、波頭が「たえず不規則に上下左右に変動している状態]それ自体を指すものである。そして、技術事項aにおける噴流波も、前述のとおり加圧手段により噴出させられているから、(ロ)の構成における波頭と同様に、事実上、本件発明にいうところの前記の乱流状態を呈しているものと認めることがで、きる。
<4> そうしてみると、技術事項aは、文面から得られる常識的解釈において、(ロ)の構成と格別相違するところがなく、実質的に同一であるといえる。
ウ 技術事項aは、引用例に記載された従来のものの欠点(要約すると、各チップ部品が近接し凹部のような形状となっている部分に空気その他のガスが滞留するため、はんだがよく付着しなかったという欠点)の解消に直接役立っている技術手段である。なお、技術事項aが、上記欠点の解消に直接役立つものとなっていることは、滞留した空気等を逃がす手段として、「噴流波を粗にすること」以外には、引用例には何の記述もないことからみて疑う余地のないところである。すなわち、引用例には、技術事項aが従来のものの前記欠点を解消する上で不可欠な手段になっていることが開示されている。
(ロ)の構成は、本件明細書の発明が解決しようとする問題点の欄に記載された従来のものの問題点(要約すると、チップ部品の狭い間隙にはガスあるいは空気がたまり、該間隙がはんだで濡れようとするのが妨げられるという問題点)の解決に直接役立っている技術手段である。
技術事項aにより解消される前記の欠点は、(ロ)の構成により解決される前記の問題点と技術的に格別相違するところがない。
したがって、技術的課題の解決という面からみた意義においても、技術事項aと(ロ)の構成とは実質的に同一であるといえる。
エ 技術事項aは、引用例に記載された作用効果(要約すると、粗くした噴流波によって、気泡の滞留をなくしチップ部品の近接して凹部のような形状となっている部分にもはんだ融液を付着させること)を奏することに直接役立っている技術手段である。すなわち、引用例には、技術事項aが前記の作用効果を奏させる上で不可欠な手段になっていることが開示されている。
(ロ)の構成は、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に記載された作用効果(要約すると、上下左右に不規則に変動する波頭によって、狭い間隙に閉じ込められたガスあるいは空気を逃がし、該間隙をはんだで良く濡らすこと)を奏することに直接役立っている技術手段である。
技術事項aによって奏する前記の作用効果は、(ロ)の構成によって奏する前記の作用効果と技術的に格別相違するところがない。
したがって、技術事項により奏する作用効果という面からみた意義においても、技術事項aと(ロ)の構成は実質的に同一であるといえる。
オ 技術事項aと(ロ)の構成が実質的に同一であるということは、これらの事項を核心的要件とした考案又は発明の実施品であるところの装置により作られるはんだ融液の噴流波又は溶融はんだの波頭の変動の実際の状態によっても確認できる。すなわち、甲第7号証の写真は技術事項aを核心的要件とした実施品による噴流波の変動の状態を示し、甲第8号証の写真は(ロ)の構成を核心的要件とした実施品による波頭の変動の状態を示すスチール写真であるが、これらの写真を対比すれば明らかなように、両者の波の状態は実質的に何ら相違するところがないのである。
(2) 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)
ア 審決は、引用例には「多数の透孔を有するノズルを用いてはんだ付けを行う」という構成(以下「(イ)の構成」という。)が開示されているとはいえないと認定判断した。しかし、上記認定判断は誤りである。
イ 引用例には、可動側板と可動噴流板とを移動させ、噴流口の大きさと形状をプリント基板の種類に応じて変えることができるようにした技術的思想が開示されている。また、引用考案において、噴流板27、28が接触して多数の透孔が形成されるまで両噴流板を近接させることを妨げる技術上の特別な事情は、何も存在しない。すなわち、引用例記載の可動側板は、斜め方向の上下の移動が可能な構成になっており(一実施例としては、噴流槽8の斜面と摺動して第2図の矢印B方向に斜めに移動する可動側板19が示されている。)、可動噴流板は、水平方向の移動が可能な構成になっている(一実施例としては、前記可動側板19と摺動して矢印C方向に水平に移動する可動噴流板20が示されている。)のであるから、噴流口はその大きさと形状を意のままに変えることができる。
詳説すると、実施例における噴流板28は前記の可動噴流板20の上端に設けられているのであるから、噴流板28の吹き口28aは、噴流槽8に取り付けた噴流板27の吹き口27aに対して図の左右方向であろうと上下方向であろうと自由に動かすことができ、両吹き口を近接させて噴流板の間隔をある程度小さくすることのみならず、それらが互いに接触するまで近接させることが何の支障もなく意のままにできるようになっている。よって、この構成からすれば、噴流板27、28を接触せしめて多数の透孔を形成するまで近接させることを妨げる技術上の特別な事情は、何も存在していないのである。
ウ プリント基板の種類等に応じた噴流波を形成するという目的の下に、噴流口の大きさや形状を随意に調整することは、つとに、はんだ付けの技術分野における当業者の技術常識ないしは常套手段となっている事柄である。そのことは、実開昭49-63135号公報(以下「甲第10号証刊行物」という。)からも十分に窺い知ることができる。
エ しかも、多数の透孔を有するノズルは、CLYDE F.COOMBS、JR著、安達芳夫=島田良巳訳「プリント回路ハンドブック」(近代科学社昭和44年7月1日発行、13-31頁ないし13-32頁、以下「甲第11号証刊行物」という。)の「ジェット法」、特開昭51-117949号公報(以下「甲第12号証刊行物」という。)及び特開昭56-79495号公報(以下「甲第13号証刊行物」という。)等にみられるとおり、はんだ付けの技術分野においては周知のものである。
オ それ故、当業者が、引用例の記載を見て、最良の噴流波を形成するために噴流口の調整を試みるのは確かなことであり、その際に行われるのは、引用例の第1図、第2図とその説明において一実施例として示された調整に限られることはなく、周知のノズル(すなわち、多数の透孔を有するノズル)によってはんだ付けをするように調整することも、それを妨げる技術上の特別な事情がない以上、当業者なら当然に試みていることである。したがって、噴流板27、28の間隔を狭め両噴流板を接触せしめて多数の透孔を有するノズルを形成させ、それを用いてはんだ付けを行うことを読み取るのは、当業者にとっては直ちに何の問題もなくできることである。換言すると、多数の透孔を有するノズルを用いてはんだ付けを行うことは、当業者の目からすれば引用例に開示されているに等しいことであるということができ、それを否定する理由はない。
これを換言すれば、噴流板27、28を近接させて、噴流板の間隔をある程度小さくすることまでは読み取れるが、それをさらに近付けて両噴流板を接触させることまでは読み取れないなどというのは、前記の技術常識ないしは常套手段等に照らして、また、前記の技術上の特別な事情がないことに照らして、周知のノズルの存在を知悉する当業者には全くないことなのである。
カ 以上のとおり、(イ)の構成は引用例に開示されているに等しいということができる。
第3 請求の原因に対する認否及び被告らの主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。
2 被告らの主張
(1) 取消事由1について
ア<1> 原告は、「粗い」の意味を「ざらざらしてなめらかでない」としているが、「粗い」という語は、例えば「粗面」というように、固体についていうことが多く、その凹凸は時間的に変動しないから、引用例に記載された「はんだ融液の噴流波を粗にする」(技術事項a)ということは、原告が本件審判請求書でいう「膨出部と縮小部が交互に連なる蛇腹のような噴出口」(9頁20行ないし21行)と解すべきであり、このように解しても、はんだ融液は絶えず流れており、動いているにもかかわらず、蛇腹という形状をなし、しかもその形状は変化しないといってよく、その膨らみと窪みのある形状そのものは「粗である」ということができる。
このようなはんだ融液の蛇腹状の形状は、引用例の実施例(第3図)に示されている構造の装置から得られるものであるが、実施例は、実用新案登録出願人が最良の結果をもたらすと思うものをなるべく多種類掲げて記載するとの原則からしても、引用考案の典型的なものであり、引用例のその他の記載にも、これに反するような示唆や記載はないことから、引用例に実質的に記載されている内容としては、その実施例の蛇腹状の形状の自明の範囲を越えるべきではない。そして、その自明の範囲は、同図の吹き口27a、28aの間隔を多少拡大あるいは縮小した程度の構造の装置から得られるはんだ融液の蛇腹状の形状の範囲までであるとするのが妥当であり、吹き口の鋸歯の先端が接触した構造の装置から得られるような極端な形状の場合までは含まないと解すべきである。
<2> (ロ)の構成は、はんだ融液を多数の透孔から単に噴出させるというだけではなく、その噴出させる圧力の水準を選択する必要があり、これにより甲第8号証の写真2~8のような「乱流状態」(波頭が透孔の上のみに微動状態で位置するのではなく、透孔と透孔の間にも位置するように変動する状態)を実現できるのであり、その水準が低過ぎるときは、甲第8号証の写真1のようになって、その「乱流状態」を実現できない。
これらの相違は、多数の透孔から噴出するはんだ融液の波が接触し、干渉を起こす等のことを実現できるか否かにかかっているが、引用例には、この噴出圧のことは何ら記載されておらず、しかも、「1次槽4、2次槽内のはんだ融液6、7は・・・整流されて噴流口25、26より噴流する。」(3欄18行ないし24行)とあるように、「整流」、すなわち、「乱流状態」にならないように噴流されていることが示されており、このようなことは噴出圧を低くすることにより容易に実現できる。それ故、引用例に「はんだ融液の噴流波を粗こする」ことが記載されているとしても、それは引用例の第1図の2次槽の噴流口26の噴流波のように噴出されるものであり、したがって、蛇腹のようではあるが、その形状は変化しないといってよいから、(ロ)の構成の「乱流状態」を意味するものではないと解すべきである。
原告は、甲第8号証の写真2~8のような現象は理論的に起こり得ないと主張したことがあり、少なくとも引用例の出願当時では、当業者である原告は、(ロ)の構成の起こることが信じ難いことであったはずである。
<3> 引用例には、「粗にする」、「粗い」、「粗くする」との記載があるが、これらはいずれも「鋸歯状の吹き口」と1対1で対応していて、両者が一体不可分のものであることを示しており、これら以外に上記の「粗にする」等のことについての説明はないから、「粗にする」等の技術事項は、「鋸歯状」の形状を限定する構造的なものとして捉えるべきものである。したがって、引用考案には、(ロ)の構成、特に、「変動」が示すところの「方法の発明」における時間的要素は何等含意されていない。このことは、引用考案は「物の構造等」に対象を限定された実用新案登録出願としてされていることからも明らかである。
<4> 原告は、「噴流」の語意を、「吹き出す激しい流れ」としているが、はんだ融液を「噴流」させるという語は、はんだ付けの技術分野においては、その流れが激しくない場合にも用いられる。このことは、引用例に「整流されて噴流口25、26より噴流する。」(3欄23行ないし24行)とあり、引用例の第1図、第2図をみれば、その噴流した波は滑らかに形成されていることからも明らかであり、また、甲第10号証刊行物にも、第2図が示され、「上端開口部より溶融された半田を溢出する半田噴流ノズル」(実用新案登録請求の範囲)とあるように、「噴流」の意味は「溢出」の意味を含めて使用されていることからも明らかである。
引用例の「整流されて噴流口25、26より噴流する。」における「噴流口25」は、「第3図に示すように・・鋸歯状の吹き口27a、28aを形成している」(3欄9行ないし11行)ものであって、その噴流口25からはんだ融液が流出されることにより、「はんだ融液の噴流波を粗にする」ことができるのであり、上述したように「整流」は、流れを整える意味であって、上記(ロ)にいう「乱流状態」とは全く正反対の状態をいうと解されるから、そのことだけでも、原告が主張する「はんだ融液の噴流波を粗にする」ことは、はんだ融液の流れの変化そのものをいうのではなく、その蛇腹状の形状のことを指していると解するのが妥当である。
いずれにしても、引用例のものは、はんだ融液を蛇腹状に流出するものであり、本件発明のように、はんだ融液を噴出圧の水準の選択のもとに多数の透孔から噴出させ、それらを接触させることにより、干渉等を起こさせるものとは技術内容が根本的に相違するものである。
<5> 原告は、甲第14号証刊行物を根拠として、「乱流状態」は一般に広く知られている現象であると主張している。しかし、同号証の原告指摘箇所には、「ポンプにより圧送するため溶融ハンダに乱流を生じ、噴出するハンダの量が一定していない」と記載されているだけである。そして、一般に「乱流」とは流れが乱れた状態をいうのであるから、その乱れる形態、程度により多種多様な態様が考えられる。そして、甲第14号証刊行物にいう「乱流」は、「プリント基板に溶融ハンダを吹き付ける」(1頁21行)ためのものであるから、(ロ)の構成の「乱流状態」、すなわち、「波頭を不規則に上下左右に変動きせる」ことを意味するものではなく、少なくとも一義的にそのように考えられる理由は全くない。
(ロ)の構成の「乱流状態」は、多数の透孔から溶融はんだを噴出させ、相互に接触させて干渉等の作用によりその波を変動させることができることにより、その波頭の変動はあるものの、噴出する溶融はんだの量をほぼ一定にさせることができ、これにより独特の格別な効果を奏することができるものである。一方、甲第14号証刊行物にいう「ハンダを吹き付ける」は、ハンダを吹き飛ばすような状態にして対象物に付着させる現象を表現したものと考えるのが妥当である。したがって、これに対応する「噴出するハンダの量が一定していない」とされている「乱流」と、(ロ)の構成の「乱流状態」とは、技術的原理が根本的に相違するものである。
なお、引用考案も、はんだ融液を吹き飛ばすようなものであれば、その吹き飛ばされる先端の状態が重要であり、その噴出口が鋸歯状であることの技術的意味はないと解され、甲第14号証刊行物の記載事項を引用例と組み合わせて考えること自体に無理がある。
イ<1> 原告は、引用考案について、技術課題の解決という面、その作用ないし効果の面からみても、「噴流波を粗にすること」の手段は、上記(ロ)の技術事項と実質的に同一である旨の主張を行っている。しかし、両者の構成そのものが異なることは前記のとおりであり、そうである以上、技術的課題や作用、効果まで検討する必要はない。
<2> 引用考案は、上述したように蛇腹状の波によりその課題を解決しようとするものであって、この蛇腹状の波の窪みから気泡を逃がして滞留させることがないようにでき、その結果、チップ部品の後方部分や近接して凹部を形成している部分にもはんだ融液を付着し易くすることができるという、原告が主張する所定の作用効果を生じさせることもできる。
一方、本件発明は、(ロ)の構成により、引用考案のような作用効果を生じさせることができるのみならず、更に、上記のチップ部品の間隔の狭いスペースにもはんだ融液を付着し易くすることができる(本件明細書の表ではその間隔が0.5mmのものは1.5mmのものより改善率が大きいことが示されている。)という優れた作用効果を奏することができるものであるから、引用考案よりも、より高度な技術的課題を解決し、より高度な格別の効果を奏することができるといえるものである。
また、引用例には、蛇腹状のはんだ融液で仮付けをした後に、同図の噴流槽9で気泡を取り除き、完全はんだ付けを行う旨記載されており(3欄下から3行ないし4欄1行)、(ロ)の構成が、それだけで気泡を完全に除くようにしているのとは異なる。
したがって、本件発明は、技術的課題や作用効果の点でも、引用例の考案とは実質的に異なるものである。
ウ 原告は、甲第7号証の写真について、技術事項aの実施品であるとしているが、同号証は、噴流口の両側の鋸歯のピッチが同じで、その両側の鋸歯の先端同士が接触した状態の装置を使用したものであり、このような状態の装置は、引用例には記載されていない。引用例に記載されているものは、鋸歯を形成した吹き口(27a)、(28a)が同一水平面に位置するものではなく、両側の鋸歯のピッチも異なり、むしろこれら鋸歯は噛み合う(山と谷が接触する)ように配置されているものである。したがって、甲第7号証は、何ら考慮に値するものではない。
(2) 取消事由2について
ア 引用考案には、吹き口27a、28aをその鋸歯の先端が接触するようにできることを支持する何らの記載もない。
このことは、引用例の第2図の吹き口27a、28aが同一水平面に位置したり、重合することはなく、また、第3図では吹き口27a、28aの鋸歯は山と山の先端が接触するようには配置されておらず、むしろ、山と谷が噛み合うように配置されていることからも明らかである。
これに、引用例の「25、26は噴出口」(3欄7行)の記載が、第3図の噴流槽8、9の噴出口を同列に扱っていることを考慮すれば、引用例の実施例に記載された噴流口25は、「両側縁が鋸歯状をした細長孔」であるとするのが当業者からみた妥当な見解である。
イ 原告は、引用考案の可動側板は斜め方向の上下の移動が可能になっており、上記の可動噴流板は水平方向の移動が可能になっているから、吹き口28aと吹き口27aが互いに接触するまでに近接することが何の支障もなく意のままにできるようになっていると主張している。しかし、引用例には、これらをそのように接触させて用いることの必然性を示唆する技術的目的の記載はなく、引用考案の目的は、その接触をしない場合でも達せられるから、この主張も、引用例の実施例に記載されている移動機構部分だけを全体との関連を無視して捉え、図示された構造の限度を越えて、その考案の範囲外の技術的思想を、あたかもその範囲内であるかのようにいう不当な拡大解釈である。
ウ<1> 原告は、甲第10号証刊行物を挙げて、噴流口の大きさや形状の調整は、当業者の技術常識ないし常套手段になっている事柄であると主張しているが、同刊行物は本件無効審判において提出されたものではないから、考慮されるべきではない。
<2> また、甲第10号証刊行物の噴流口について、その幅がない調整はその噴流口を閉じることであって技術的に意味がなく、はんだ融液が十分に溢れ出るためには、その幅はある程度必要であるから、これらを引用例にあてはめていえば、吹き口27a、28aの幅がないか、それに近いようなことは甲第10号証刊行物からは考え難いことである。
エ<1> 原告は、多数の透孔を有するノズルははんだ付けの技術分野においては周知のことであるとして、甲第11ないし第13号証刊行物を援用しているが、その周知であることの主張や上記甲号証刊行物は、原審の本件無効審判において主張され、提出されたものではないから、考慮されるべきではない。
<2> 引用考案の噴流口は「両側縁に鋸歯を持った細長孔」と考えるべきものであり、一方、上記甲号証刊行物に示されるノズルに多数の透孔を有する構造のような周知事項も、その多数の透孔の用い方が異なれば異なる「方法の発明」を構成することができるものであって、その用いる目的によって技術的意義が異なるものであるから、引用考案に、上記のような周知事項をそのまま適用できるようなものではない。引用考案の目的は、その周知事項の多数の透孔を有する構造を適用をしない場合にも達成され(引用考案の好ましい結果を記載した実施例の吹き口27a、28aが離隔している第3図の場合)、しかも、これを適用した場合の独特の効果を何ら示していないことから、その適用の必然性はないというべきである。
むしろ、そのような周知事項があるにもかかわらず、引用考案が出願公告され、新規性、進歩性があると認められたことは、そのようにしないこと、すなわち、ノズルに多数の透孔を形成するようにしないことが引用考案の特徴であると考えるべきものである。
まして、(イ)の構成である「多数の透孔を有する乱流波形成板」は、(ロ)の構成である「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」ためのものであるから、その大きさ、配置は、原告が主張する周知事項のノズルに多数の透孔を有するものとは異なるものであり、引用考案とは顕著に相違することは明らかである。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
第2 本件発明の概要
甲第2号証(本件公告公報)によれば、本件明細書に記載された本件発明の概要は、以下のとおりと認められる。
1 産業上の利用分野
本件発明は、プリント基板のはんだ付け方法に関するものであって、特に、プリント基板に対する電気部品の実装間隔が5mm以下の高密度実装タイプのプリント基板のはんだ付け方法に関する。
従来の技術
電気部品をプリント基板に取付けるには、例えば第13図に示すように基板本体1の上の回路パターン2の銅箔に、リード線を有しないリードレスのチップ部品3a、3b、3c、3d、3eをはんだ付けすることが行われる。このはんだ付けを行うには、まず基板本体1に上記チップ部品3a、3b、3c、3d、3eを接着剤により仮固定したプリント基板にフラックスを塗布して予備加熱しておく。次に、第14図に示すように、はんだ槽4にノズル5を設け、はんだ槽4内のはんだをノズル5の矩形ノズルロから噴出させる。そして、上記プリント基板を、チップ部品が下側になるようにして噴出しているはんだに接触させると、上記チップ部品3a~3eは、それぞれの端部の電極が回路パターン2にはんだ付けされる。
発明が解決しようとする問題点
ところが、第13図において、チップ部品3a~3eのそれぞれの間隔1が0.5~5mm程度に近接している場合には、図示斜線部のところでは、第14図に示す噴出はんだは層流状態で流れ、その弧長がチップ部品の間隔1より長い滑らかな弧面状であることが多いので、接触しようとするはんだとの間にはんだ付け時に発生するガスあるいは空気がたまり、これらにより、はんだは銅箔及び電極に対して漏れようとするのを妨げられる。そのため、斜線部のところにはフラックスの樹脂がたまったままの状態になるので、チップ部品3a~3eの電極は、はんだ付けされず、はんだ付け不良となる。特に、第13図に示すようなチップ部品を搭載するプリント基板の場合には、リード線のある部品を取付けるプリント基板のようにリード線挿入孔がないので、上記のように斜線部のところにたまった空気は全く逃れることができず、これが原因ではんだ付け不良を起こし易い。(1欄18行ないし3欄7行)
2 このようなはんだ付け不良を少なくするために、実公昭56-3100号公報には、第15図に示すように噴流筒11の開口12の周辺に設けたガイド13の上面に造波用突起15をはんだの流れ方向と直角に連続して多数設け、これにより細かな均一な波が得られるようにしたものが示されている。
しかしながら、これはいわば一方向の層流の波と言ってよいようなもので、立体的に波状であっても時間的に変動はなく、したがって、その波頭は時間的に変動する乱流状態にはなく、更に、噴出させた後の溶融はんだの流れを利用するものであるから、この流れの個々の部位に溶融はんだの噴出状態の影響を直接与えることができない。このため、波の圧力の変動、凹凸が小さすぎてチップ部品の小さな間隙に溶融はんだを押し込み難く、たとえ押し込んでも、時間的変動がないから閉じ込められたガスや空気を逃がすことができず、結局、溶融はんだをはんだ付け部によく濡らすことができない。
したがって、本件発明は、実装密度の高いプリント基板に対する電気部品のはんだ付けを行うときに、溶融はんだを狭い間隔にも供給できるようにしたはんだ付け方法を提供することにある。(3欄23行ないし4欄2行)
3 本件発明は、特許請求の範囲記載の構成を備える。(1欄2行ないし16行、4欄3行ないし19行)
4 発明の効果
本件発明によれば、溶融はんだを加圧手段により乱流形成板から半波状に噴出させて波頭を乱流状態とし、かつ、この波頭を上下左右に変動させるようにしたので、近接する電気部品のはんだ付け部とその間の銅箔に対して溶融はんだを良く濡らすことができ、はんだ付けの不良品の発生を少なくできる。特に、プリント基板にチップ部品を搭載する表面実装の場合で、そのチップ部品間隔の小さいものに対しては、この間隔に溶融はんだが入り込めるため、ここに発生したガスや空気が逃がされ、その結果、フラックスが押し退けられて溶融はんだが所定の場所に良く濡れ、はんだ付け不良を顕著に少なくできる。このようにして電気部品のはんだ付け部及び銅箔に対するはんだの濡れを良くした後、溶融はんだの層流の波又は平面浸漬により処理すれば、乱流波により生じることのあるツララ等を溶融除去して仕上げをすることができ、はんだの漏れとそれに伴うツララ等の除去の両方を、それぞれに最適な装置の組合せにより調和して行うことができ、全体として良質なはんだ付けを効率良く行うことができる。(8欄23行ないし43行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由2について
原告は、引用考案において、噴流板27、28が接触して多数の透穴が形成されるまで両噴流板を近接させることを妨げる技術上の特別な事情はないから、(イ)の構成は引用例に開示されていると主張する。
そこで、検討するに、甲第3号証によれば、引用例には、実用新案登録請求の範囲として「はんだ融液の噴流波を粗にするため鋸歯状の吹き口を有する噴流板を取り付けたことを特徴とする噴流式はんだ槽。」(1欄7行ないし9行)、「19は前記噴流槽8の斜面と摺動し、斜め方向(第2図の矢印B方向)の上下に移動する可動側板で、はんだ融液6の噴流角を調整する。20は前記可動側板19と摺動し、水平方向(矢印C方向)に移動する可動噴流板で、噴流口の幅を調整する」(2欄25行ないし3欄3行)、「25、26は噴流口、27、28は前記1次槽4の着脱自在の1対の噴流板で、一例として第3図に示すようにはんだ融液6を粗い噴流波にするため鋸歯状の吹き口27a、28aを形成している。」(3欄7行ないし11行)との記載があることが認められ、以上の記載によれば、引用考案の噴流口は、別紙図面2の第3図のような両側縁が鋸歯状の細長孔の形状をしており、これによりはんだ融液の噴流波を粗にしていることが認められる。そして、引用例には、鋸歯状の吹き口を接触させることによって、噴流口の形状を鋸歯状ではなく穴状に変化させることについては、記載も示唆もなく、また、上記第3図では、鋸歯状の吹き口27aと28aは、双方の山の部分同士が対応しておらず、両者を接触させたとしても、透穴ができるかどうかは、はなはだ疑問であるから、引用例に(イ)の構成が開示されているということはできない。
原告は、噴流口の大きさや形状を随意に調整することや多数の透穴を有するノズルが周知であることを、その主張の根拠とするけれども、多数の透孔を有するノズルで噴流の制御をする技術と、2つの噴流板で噴流の制御をする技術とを同一ということはできないから、原告の主張する周知事項が存在するとしても、そのことは、上記認定を左右するものではない。
したがって、引用考案は(イ)の構成を開示しているとはいえないとした審決の認定判断に誤りはない。
2 取消事由1について
(1) 前記第2の認定の事実によれば、本件発明は、はんだの波ないし波頭には、時間的に変動するものと時間的に変動のないものがあるとの認識のもとに、第1のはんだ付け工程において、時間的に変動する波ないし波頭、すなわち、乱流状態を形成しており、これにより、近接する電気部品のはんだ付け部とその間の銅箔に対して溶融はんだを良く濡らすことができるものと認められる。
(2) 原告は、引用例の「はんだ融液の噴流波を粗にする」は、「はんだ融液の波の波頭を不規則に上下左右に変動させること」を意味していると主張する。しかし、原告の主張は採用することができない。その理由は、次のとおりである。
ア 引用例には、はんだの波ないし波頭に時間的に変動するものと時間的に変動のないものとがあることを認識させる記載はないところ、「波を粗にする」ということは、時間的に変動しない波の形状ないし波頭相互の関係が粗であることを指すものとも解され、これを直ちに、波の波頭を不規則に上下左右に変動させることを意味すると解することはできない。
イ 乙第4号証によれば、原告は、平成2年10月ころ、本件発明に係る特許の特許無効審判を請求し、「波頭に乱流状態を生じさせるためには、絶えず不規則な流れの変動が波頭に起こっているように、波頭の流れの流線を乱す必要がある。しかし、羽根車、撹拌機(9)又は噴射ポンプ(9’)が回転数や羽根の角度等を時間的に変化させることなく駆動されたとすれば、前記の樋状又は筒状のノズル内における溶融はんだの流れが波頭に乱流を生じさせるようなものになるとは、技術的にみて考えられず、また、その流れを固定させた板状体に穿たれた円形の透穴から噴出させたとすれば、そのときに形成される波頭が乱流状態を確実に呈するようになるということもまた合理的に説明のつくことではない。」(5頁下から2行ないし6頁11行)との主張をしたことが認められ、上記事実によれば、当業者も、本出願当時、上記原告の主張内容と同様の認識であったものと認められる。まして、甲第3号証によれば、引用考案は原告代表者の考案に係るものであることが認められるから、引用考案において、はんだの流れが乱流状態を呈していたり、はんだ融液の波の波頭が不規則に上下左右に変動していることが開示されていると認めることはできない。
ウ 引用例には、「29、30は前記2次槽の噴流板で、はんだ融液7の噴流波を波形状にするための形状を備えている。」(3欄11行ないし13行)、「プリント基板1は・・・1次槽4で低温のはんだ融液6により加熱され仮付け状態ではんだ付けされる。プリント基板1はさらに進んで2次槽5に達し、高温のはんだ融液7により仮付けのときにもし気泡が生じていればこの気泡を取り除き、かつ、はんだが付着しなかった部分も完全はんだ付けを行う。」(3欄34行ないし4欄1行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用考案においては、鋸歯状の吹き口による粗い噴流波のはんだ融液で仮付けした後に、鋸歯状の吹き口のない2次槽で気泡を取り除き、完全はんだ付けを行うものであることが認められる。一方、本件発明が、(ロ)の構成だけによって気泡を完全に除くようにし、層流波形成手段等によっては、(ロ)の構成によって発生したツララ等を除去していることは、前記第2の4の認定事実から明らかである。そうすると、引用考案の技術事項aは、(ロ)の構成とは、作用効果が異なるというべきところ、上記事実によれば、両者は構成も異なることが推認されるところである。
(3) また、原告は、甲第14号証刊行物を根拠として、引用考案においては、抑圧手段により溶融はんだが噴出されているから、乱流状態を呈しているとして、はんだ融液の波の波頭は不規則に上下左右に変動している旨主張するものと解される。しかし、甲第14号証によれば、甲第14号証刊行物には、「ポンプにより圧送するため溶融ハンダに乱流を生じ、噴出するハンダの量が一定していない」との記載があるのみであり、右記載をもって、はんだ融液の波の波頭が不規則に上下左右に変動することが開示されていると認めることはできない。まして、前記(2)イ、ウの認定事実に照らせば、引用考案において、加圧手段により溶融はんだが噴出していることにより乱流状態を呈していると認めることはできない。
(4) 原告は、甲第7号証の写真と甲第8号証の写真を対比して、引用考案と本件発明の波の状態は実質的に何ら相違するところがないと主張する。しかし、甲第7号証によれば、同証の写真は、引用考案の鋸歯状の吹き口を有する噴流板の鋸歯状先端部相互が接触する状態に調節した場合の噴流波を撮影したものであることが認められるところ、引用例に、鋸歯状先端部相互が接触する状態にすることが開示されているとは認められないことは、前記1の認定のとおりであるから、原告の上記主張は採用することができない。
また、他に、引用例に「はんだ融液の波の波頭を不規則に上下左右に変動させること」という技術事項を開示ないし示唆する記載は認められない。
(5) したがって、技術事項aと(ロ)の構成は異なるものというべきであり、これが実質的に同一ということはできない。
(6) 原告は、引用考案の技術事項aと(ロ)の構成は、技術的課題及び作用効果という面からみた意義においても、実質的に同一であると主張する。しかし、技術事項aと(ロ)の構成が、構成において異なることは前示のとおりであるから、技術的課題及び作用効果のいかんにかかわらず、両者を実質的に同一ということはできない。なお、両者が作用効果において異なることは、前記(2)ウの認定のとおりである。
3 以上のとおりであるから、引用考案と本件発明とが同一であるとはいえないとした審決の認定判断は相当であって、審決には、原告主張の違法はない。
第4 よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成10年9月1日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
図面の簡単な説明
第1図は本発明の一実施例に使用される装置の一部切り欠き斜視図、第2図はその一部のノズルを示す図、第3図はその使用状態を示す図、第4図ないし第6図は本発明の他の実施例の方法に使用する装置の斜視図、第7図は層流波形成手段として平面噴流装置を併用した例の断面図、第8図は他の平面噴流装置を併用した例の断面図、第9図イ、ロは平面浸漬手段として平面浸漬装置を併用した例の断面図、第10図、第11図はそれぞれ上記の外の他の実施例の方法に使用するはんだ付け装置の斜視図、第12図イ、ロ、ハは本発明に用いられる乱流波形成板の噴出口の形状の例を示す説明図、第13図はプリント基板にチツプ部品をはんだ付けした状態の説明図、第14図はその従来のはんだ付け装置を示す図、第15図は従来の他のはんだ付け装置を示す図、第16図は従来のさらに他のはんだ付け装置を示す図、第17図は第15図と第16図の装置を組み合わせたはんだ付け装置を示す図である。
図中、1は基板本体、2は回路パターン、3a~3eはチツプ部品、4、4’、4”、4〓ははんだ槽、5、5’、5”、5〓はノズル、6、6’、6”、6〓、6〓は乱流波形成板、7は噴出口、5”a、5〓a、5”b、5〓b、5〓cはノズル口、9は撹拌機、9’は噴流ポンプである。
<省略>
<省略>
別紙図面2
図面の簡単な説明
第1図、第2図、第3図はこの考案の一実施例を示す側断面図と要部の拡大側断面図および第2図の噴流板の平面図である。
図中、1はプリント基板、2はチツプ部品、3ははんだ槽本体、3aは仕切壁、4は1次槽、5は2次槽、6、7ははんだ融液、8、9は噴流槽、10、11は羽根車、12、13はモータ、14、15は流動管、16、17、18は整流板、19は可動側板、20は可動噴流板、21、22は長円孔、23、24は締付ねじ、25、26は噴流口、27~30は噴流板、27a、28aは吹き口、31~34は取付ガイド、35、36は還流口、37、38はヒータである。
<省略>
理由
1. 手続きの経緯と本件特許に係る発明の要旨
本件特許は、昭和56年10月3日に特願昭56-156950号として出願され、出願公告(昭和63年4月2日、特公昭63-15063号)後の昭和63年11月30日に、特許第1469416号として設定登録されたもので、その本件特許に係る発明(以下、「本件発明」という)の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載きれた次のとおりのものと認める。
「はんだ槽に収容した溶融はんだに加圧手段を設けることによりノズルに設けた多数の透孔を有する乱流波形成板のこれらの各透孔から溶融はんだを半波状に噴出させてこの半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し、かつ上記乱流波形成板に対する溶融はんだの上記加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させることによりプリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する第1のはんだ付け工程と、層流状態の波を形成する層流波形成手段又は平面浸漬手段の溶融はんだによりプリント基板と電気部品の第1のはんだ付け工程によるはんだ付け部に再度はんだ付けを施す第2のはんだ付け工程を有することを特徴とするプリント基板のはんだ付け方法。」
2. 審判請求人の提出した証拠と主張
これに対し、請求人日本電熱計器株式会社は、次の甲第1号証の1~5、甲第2号証、甲第3号証、参考資料1、2を提出し、下記概要のとおり主張している。
<請求人の提出した証拠>
甲第1号証の1:実公昭60-39160号公報
(この公告公報を、以下、「引用例」という)
甲第1号証の2:引用例に記載された噴流口に係る説明図解
甲第1号証の3:同噴流口に係る写真
甲第1号証の4:同噴流口に係る調整例図
甲第1号証の5:同噴流口に係る噴流状態の撮影報告書及び写真1~11
甲第2号証:本件発明に係る噴流口の噴流状態の撮影報告書及び写真1~8
甲第3号証:昭和59年(行ケ)第305号判決
参考資料1:実公昭43-13704号公報
参考資料2:特公昭44-30374号公報
<請求人の主張の概要>
引用例の、特に第2、3図に記載されている、鋸歯状の吹き口27a、28aを形成した噴流板27、28を、可及的に接近するように調整すれば、吹き口は多数の透孔を形成することになるし、そのような吹き口から噴出する半田液の噴流状態は、甲第1号証の5の写真のとおりであって、甲第2号証に示されている、本件発明に係る噴流口の噴流状態と相違するところがなく、引用例でいう「粗い噴流波」とは、「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させ」たものに他ならないのであるから、引用例には、本件発明の構成要件の全てが開示されているといえる。
したがって、本件発明は、本件特許出願日前の昭和56年6月2日に実用新案登録出願され、当該特許出願後に出願公告された実願昭56-80614号(実公昭60-39160号)の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された考案(以下、「引用考案」という)と同一であるから、本件特許は特許法第29条の2第1項の規定に違反して受けたもので、同法第123条第1項第2号に規定する特許に該当し、無効とされるべきである。
3. 被請求人の提出した証拠と答弁の概要
一方、被請求人タムラ化研株式会社及び株式会社タムラ製作所は、次の乙第1号証の1、2、乙第2~4号証、参考資料1を提出すると共に、引用例には、吹き口で多数の透孔を形成することまでは開示されておらず、審判請求人の主張には理由がない旨答弁している。
乙第1号証の1:引用例第2図の拡大説明図
乙第1号証の2:同第3図の拡大説明図
乙第2号証:平成4年(行ケ)第115号判決
(審判平2-17996号審決取消請求事件)
乙第3号証:同事件における原告第3準備書面
乙第4号証:審判平2-17996号の無効審判請求書
参考資料1:昭和62年(行ケ)第49号判決
4. 当審の判断
(1)引用例の記載事項
引用例には、次のA~Cの記載がある。
引用例の記載A
「1次槽4、2次槽内のはんだ融液6、7は、それぞれモータ12、13の駆動により羽根車10、11が回転すると加圧され、流動管14、15を通って噴流槽8、9内に入り、整流板16と17、18の孔16aと、17a、18aを通過することにより整流されて噴流口25、26より噴流する。」
「プリント基板1はチップ部品2を接着剤等で仮付けした後、乾燥され、次にフラックス処理されてから予備加熱装置で予備加熱されたはんだ槽本体3へ搬送される。」
「そして、1次槽4で低温のはんだ融液6により加熱され仮付け状態ではんだ付けされる。プリント基板1は更に進んで2次槽5に達し、高温のはんだ融液7により仮付けの時にもし気泡が生じていればこの気泡を取り除き、かつ、はんだが付着しなかった部分も完全はんだ付けを行う。」
(第2頁第3欄第18~24行、第34~37行、同欄第39行~同頁第4欄第1行)
引用例の記載B
「(1次槽4内に配置された)噴流槽8において、締付ねじ23、24をゆるめて可動側板19を斜め方向(矢印B方向)に、可動噴流板20を水平方向(矢印C方向)に、それぞれ個々あるいは同時に動かすことにより所要の形状と大きさの噴流口25を設定した後、締付ねじ23、24により固定し、プリント基板1の種類に応じたはんだ融液の噴流波を得るようにする。そして、プリント基板1のはんだ付けの種類、すなわち、部品の数や、大きさ等に応じて噴流口25の大きさを可動噴流板20を動かして調整する。また、噴流口25から噴出するはんだ融液6の角度を調整するには可動板側を動かして行う。
また、噴流板27、28に形成した鋸歯状の吹き口27a、28aにより噴流口25から噴出するはんだ融液6を粗くして、プリント基板1のチップ部品2の後方部分や近接して凹部のような形状となっている部分にもはんだ融液を完全に付着させている。」(同頁第4欄第2~20行)
引用例の記載C
「1次槽の噴流槽に鋸歯状の吹き口を有する噴流板を取り付けたので、粗い噴流波を形成させることができ、気泡が滞留することがなくなり、プリント基板に仮者されたチップ部品の後方部分や近接して凹部を形成している部分にも完全にはんだ付けができる利点を有する。」(同欄第31~37行)
(2)発明の対比
<一致点>
本件発明と、引用例の記載Aとを対比すると、引用例にも、本件発明と共通する事項として、次の構成は実質的に記載されているとみることができる。
「はんだ槽に収容した溶融はんだに加圧手段を設けることによりノズルに設けた透孔から、溶融はんだを半波状に噴出させてこの半波状の溶融はんだの波頭を多数形成し、プリント基板と電気部品のはんだ付け部に溶融はんだを供給する第1のはんだ付け工程と、層流状態の波を形成する層流波形成手段又は平面浸漬手段の溶融はんだによりプリント基板と電気部品の第1のはんだ付け工程によるはんだ付け部に再度はんだ付けを施す第2のはんだ付け工程を有するプリント基板のはんだ付け方法。」
<相違点>
しかし、本件発明の次のイ、ロの各点の構成は、少なくとも明確な表現としては、引用例に記載されていないことは明らかである。
(イ)ノズルが多数の透孔を有する点
(ロ)溶融はんだの加圧手段による流動に基づいて上記波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる点
(3)同一性の判断
引用考案は、上記(イ)、(ロ)の点をも、実質的には開示しているといえるか否かについて検討する。
(イ)の点について
請求人によれば、引用例の、特に、上記B、Cの記載からみて、鋸歯状の吹き口27a、28aを形成した噴流板27、28を、可及的に接近するように調整すれば、吹き口は多数の透孔を形成することになるとしている。
しかし、引用例の「19は前記噴流槽8の斜面と摺動し、斜め方向の上下に移動する可動側板で、はんだ融液6の噴流角を調整する。20は前記可動側板19と摺動し、水平方向に移動する可動噴流板で、噴流口の幅を調整する」(第1頁第2欄第25行~第2頁第3欄第3行)とある記載や、同じく第2、3図の記載からみて、引用考案にあっては、噴流板27、28を近接させて、噴流板の間隔をある程度小さくすることは開示されてはいるが、両噴流板を接触又は重合せしめて、多数の透孔を形成するほど近接させることまでは示唆していないとみるのが相当である。
したがって、引用考案は(イ)の点を開示しているとはいえない。
(ロ)の点について
請求人が主張するように、引用例に記載されているなんだの噴流機構を用いて、本件発明に係る噴流口の噴流状態と相違するところがない状態を実現しうるとしても、それは、引用例記載の噴流板27、28を、可及的に接近させて、吹き口が多数の透孔を形成するという条件が満たされた場合である。
しかし、上記(イ)の点についての検討で述べたように、引用考案は、吹き口が多数の透孔を形成することまで開示しているとはいえないし、また、引用例記載の吹き口から噴出する半田液の噴流状態が、甲第1号証の5の写真のようになることがあり得るとしても、それは、単に「あり得る」というに止まり、引用考案が、必ずしも、本件発明のように、「乱流波形成板に対する溶融はんだの加圧手段による流動に基づいて」、意図的に「波頭を乱流状態にして不規則に上下左右に変動させる」ことを開示しているものとはいえない。
したがって、引用考案は(ロ)の点を開示しているともいえない。
そうすると、引用考案は、本件発明の必須構成要件である、前記(イ)、(ロ)の各点の構成を欠くものであって、しかもこれらの構成は、単なる周知技術や慣用手段といえるものでないことは明らかであるから、引用考案と本件発明とが同一であるとはいえない。